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亘理郡山元町への物資搬送と僕らが忘れちゃいけないこと (2) #save_miyagi

頂いた出荷できなかったリンゴを横に書いています。僕は今、リンゴを食べられるんですね。

見つかった。
良かったね。

この会話の意味が僕には本当には分からないのだと思います。
約 1 カ月を過ぎて、行方不明者数と比較して身元判明者数が日に日に減少しています。
彼女の店は自動車関連業ですが、クルマが見つかったので中を確認したいという依頼を耳にしました。孫がいるかも知れないと。人の手では開けられない状態なのでしょう。
今「見つける」ことに必死な方々がまだたくさんいます。
見つからなければ始まらないのだとも感じました。
その様な方のためにも物資を含め、いろいろなもの、ことがまだまだ必要な時間は続きます。

長期戦だね。

そう彼女は笑っていました。
僕らは継続できることを考える、忘れないことが必要と思います。

帰宅後、夕飯をつくってくれた方の奥さまが見つかったという連絡がありました。

「見つかって良かった」
ぜんぜん良いことじゃないのにそう思ってしまう現状。

彼女からのメールにはそう書かれていました。

気丈に振る舞ってくれていたということを考えると言葉もありませんが、僕は僕でやらなくちゃいけないことがあります。

この様な状態の中、遺体の損傷は進み、現在は写真をはりだし身元確認を行っているとのことでした。
損傷の度合いによっては写真の上に紙をはり付けてあるという、想像しがたい状況の様です。

これが現実なんだよ。

彼女の母親に言われました。
身構えて行ったと言うと変ですが、それをすべて超越した現状です。

その夜、いろいろな話を聞きました。仕事場の 12 人が見つからないこと、地震前後の記憶を封印してしまった方のこと、治安が悪いこと、遺体から金品が盗まれていたこと、流されたクルマからガソリンが抜き取られていたこと、水をくみに行くタイヘンさ、風呂の暖房をつけながらためた水を浴びていること、1 時間 30 分をかけて自転車で通勤しなくてはならないこと、1 万円でも良いから早く義援金を渡さなくてはならない方がいること、一部の中古車市場が高騰していること。

先日の最大余震の際には多くの方がクルマで山側に逃げたとのこと。防砂林も堤防も家屋も無い状況では、本震の際の想像を超えた津波より小さくとも何が起きるかは分かりません。
家屋が傷んでいる中で余震がありましたが、あの音と速さは東京都内で感じたものとはまったく違うもので、僕は地震の本当の怖さをまだ知らないんじゃないかと思いました。

山元町は 6 割ほどの居住区が津波の被害にあっています。絵面の問題では無く、もっと早くに報道されるべきだったと考えてはいます。
この部分は思い入れに密接に関係してくるのですけれどね。

この年まで生きてきたけれど、何も無くなっちゃったな。

ばあさんは言っていました。
無くなっちゃったんです、本当にあの目の前の光景は。

本当はもっと時間を割いて手伝えれば良いのでしょうが、僕にも時間はあって、それは限られています。
必要なもの、ことは刻々と変化してきますので、それを考えながら進みたいと考えています。

まずは断水が早く解消されることを願います。
また、たくさんの方のご冥福を祈ります。

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