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読了した書籍 (12) 〜「ふしぎなふしぎな子どもの物語」

正月に読もうと考え、まとめて購入した中の一冊。
テレビゲーム、アニメ、世界名作劇場、マンガ、児童文学をひもとき、副題にある「なぜ成長を描かなくなったのか ?」という点を考察する、ひこ・田中 さんの著書です。

現在 34 歳である僕の子供の頃は人並みにテレビを見ていたとは思いますが、それよりも以前の内容も含まれています。
それでも要所は詳しく説明がされていますので、変遷が把握できるでしょう。

まず 1 章はテレビゲームについてですが、やはり僕らの遊びに関する感覚を変化させたものは通称ファミコン、ファミリー コンピューターでしょう。
小学校 1 年生の頃に発売、あっという間に普及しました。
これは「ファミリー」というネーミングと提供するソフトウエアによって、友達家族のつながりを維持するためのものの様にイメージさせたことによるものと触れています。
その中でも人気のあったドラゴンクエストシリーズは子供の成長をそのままになぞる様に変化していく、その前後のくだりは興味深いものがあります。

僕が遊んだのは III が最後だったと思いますが、現在のロールプレーイングゲームはその頃とは違い、物語が組み立てられています。
携帯電話で少し古いゲームで遊びたくなるのは懐かしさかもしれませんが、分からなければ調べるすべが多く提供されていますので、あの頃の様に純粋ではありません。

2 章のテレビヒーローではウルトラマン、仮面ライダーに関して、当時の子供たちと視聴率、制作の舞台裏から現在、子供が憧れるヒーローの時代が終わりつつあることを取り上げています。

以前、仮面ライダー同士が戦っていた仮面ライダー (ディケイド ? 何でしたか… ?) を子供が見ていた時にそれは感じました。
仮面ライダー同士が戦う、そんなことは考えたこともありませんでしたから。
昨年まで放映されていた仮面ライダーオーズも僕らが子供の頃であれば難解な内容でしたよね。

ここは 3 章のアニメ (男の子編) にあるガンダムに触れている箇所「卒業しない「子供」たち」に通ずるものがあるのではないでしょうか。
このあたりは前後の章の考察の仕方を考えると、著者の力が入っているのか、予備知識がないと入り込みづらい少々深い内容となっています。

6 章のマンガで取り上げている「ONE PEACE」では、主人公ルフィが物語の早い状態で無敵であり成長過程が必要ないので、多くの物語で必要とされてきた成長、最終目的という要素が欠落しているとされています。
5 章の世界名作劇場に関する記述を含め、環境の変化によりいかに子供に必要とされている要素が変化してきたかをうかがい知ることができます。

日曜日の朝、昨今の男の子向けのマンガを見ていると、物語よりも手にしたカードをどう使うか、その部分に比重を置いた、分かりやすい説明書の様なものが目立つ気がしますが、ここにも成長という点は感じません。

著者は児童文学作家ですが、7 章で取り上げています。
近代文学や生別の中で最も多い離婚から、子供の成長の根幹に関わるアイデンティティーの不確実性に触れています。

僕らが実感する様に情報は過多ではないかと思うほどにあふれています。
本書では結論として、大人が大人らしく見えていたとしても、それは単に情報量の差によって、そう振る舞って見せることがまだまだできた時代だった点を挙げ、大人と子供差異の減少は近代社会にあらかじめ組み込まれていたとしています。

子供の物語の変化は、近代が元々目指している社会と、これまで正しいと信じられてきた社会との間に生じてきたズレそのものに忠実に寄り添っています。

8 章 子供の物語たちが示すもの

8 章ではもっと掘り下げても良いとは思いましたが、自らの実体験をも振り返れば十分に分かりやすく、取り上げられている内容に懐かしさもあり楽しめる一冊です。

自分の子供を見ていても、友達の中で覚えてくること、情報の伝達が速いことを実感します。
身近で感じることは、PC をまったく必要としない世代、必要なことのみのために使用する世代、途中からは常にある僕らの世代、最初から当然のことの様にある子供の世代、もっとほかにもあるでしょうが、今はここに象徴される時代ですね。
この先、長い目で見れば情報格差は小さくなる一方ではないでしょうか。

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