当記事は 2011 年 4 月 18 日に投稿されました。内容が現状と相違がある点等にご注意願います。
現在、2010 年 11 月 20 日以前のリンク、画像の一部、2014 年以前のスクリーンショットは表示されません。ご了承ください。

復興と復旧の格差、報道、情報の格差 #save_miyagi

先日の記事で被災地の二極化を考えなくてはならないということを書いたが、内容、取材力、以下が非常に良い記事と思ったので日本経済新聞より紹介。

届かぬ被災地の声、支援阻む「情報断絶」震災 1 カ月で課題が露呈 16 年前の教訓生かせず

徐々に有名人が被災地入りをしたという報道が目立つ様になってきた。
報道をされる方には今こそ公平性、影響を考えてもらいたいと…。
被災地を公平に報道する必要性があるのではないだろうか。
ただ、すべてを網羅できると思ってはいない。ただ、ただ、できる限り。

1 カ月を経過しても何ら変わらず、困っている生活をしている方々がいることを「復興」という一面で片付けてはならないと感じる。
それほど不自由のない生活を送っていると、明るい側面ばかりを映しだされることで、安心して忘れてしまう。
もう先々週、僕が向かった先の自宅避難者の元で話をしていたが、被災地に電気がやってくるまでは双方に確実な情報がないわけで、東京都内で僕が知り得た情報も確実ではない可能性もあった。

今回、Twitter 等も後にはもちろん役立ったと思うが、最初にみんなが目にするものは大きな確率でテレビなりの報道。
その部分が偏重してしまうことによって、ものも人も偏重してしまう。
そのことが今でも偏重を増長していると感じる。

僕らも情報を交錯させる様なことを避けなくてはならないと思うす。別に今、自分がその情報を伝えたという主張は必要なく、Twitter であれば公式リツイートにて情報検索の手間を軽減する様な意識が大切ではないか。

その後、亘理郡山元町ももちろん復旧は進んでいるはずだが、情報の格差により「復興」と「復旧」の差が生まれることを考えなくてはならない。

ページの先頭へ